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般若心経 私考 8

 

今回は次の文言、
「無苦集滅道無智亦無得以無所得故菩提薩?依般若波羅蜜多」
に取りかかります。

読み下しでは、 「苦集滅道も無く、智も無く、亦た得も無し、所得無きをもっての故に菩提薩?は般若波羅蜜多による。」 となります。

もう少し分かりやすくいやくすると、 「苦、集、滅、道も無く、また智慧と言う概念も無く、またそれらを得ると言う事もない。   これら諸々の事を得る事がない故に菩提薩?は般若波羅蜜多によるのだと証されるのである。」 となります。 

ここで新しく苦、集、滅、道、 と言うキーワードが出てまいりました。これらは仏教用語では四諦(したい)と呼ばれ、お釈迦さまのお言葉、また仏教の概念のなかでは基本中の基本となるものです。
そしてまた、二千年前のインドの高僧、「竜樹菩薩」さまが般若思想の根本を説かれた「中論」と言う書物の中にも「私たちが疑う余地も無い、明らかなる四つの真理」と、最も重要な事として挙げられておられます。

さてこの四つの真理、または四諦ですが、このお言葉をお聞きになられた事がある方はいらっしゃいますか?

たぶんほとんどの方は、般若心経をお唱えするときに、苦集滅道とお唱えした事はあっても「その意味までは…」と言う方が多いと思います。

また「四諦」だとか「私たちが疑う余地も無い、明らかなる四つの真理」だとか言われても「初めて耳にする…」と言う方が大半ではないでしょうか?

そこで、ここで少しこれらについてお話させていただきます。と申しましても、言葉自体は新しく耳にされるかもしれませんが、実はその内容はこれまでにここでお話してきました事と寸分たがわない事です。

まず「苦」ですが、これは私たち人間が、人間としての考え方・ものの見方で物事を判断すると、世の中は全て苦しみに行き着いてしまい、どうしても避ける事は出来ないと言うことです。しかし人は誰しも苦しみとともにある事はできるなら避けたいものでしょう。ですから、どうすればその苦しみから逃れられるかをいろいろと模索するのですが、人間とはやはりあさはかな生き物です。そんな時人々は、物事を解決する方法として事象の検証を始めてしまいます。分かりやすく言えば、相手の分析をしてみたり、どうやれば自分の思い通りなるか思い悩んだり… です。(皆さんにも思い当たるふしはありませんか)確かにこれで思いどおりになってその苦しみから解放されることも多々ありますが、言い換えればその苦しみとは本当の苦しみではなく、大したものではなかったとも言えます。

問題なのはそんなことで解決出来ない、本当の苦しみです。

お釈迦さまはそんな人間の浅知恵ではどうしようもない苦しみについて答えを出すべく出家され成道されました。その答えの第一歩が次の「集」です。

「集」とは、苦しみ人は必ず原因があると言うことです。「そんな当たり前のことを・・・」と思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、先ほども述べました通り人間はその原因をその本質ではなく事象から促えてしまいます。それでは何の解決にもならない事は皆さんはもうよくご存じでしょう。

ではその本質とは何かと申しますと、先ず知らなければならないのは、苦しみを沸き起こしているのはその人の心の中であり、その心の中にこそ、本質は潜んでいるということです。

ある人は、その本質のことを「渇愛」であると言われました。
その通りかも知れません。

自分を愛し、自分が好む事を愛し、自分が所有するものを愛し、自分が求め るものを愛する。一見とても利己的なように感じますが、誰しもがもって いる当たり前の感覚です。かく言う私もそうですし、みなさんもきっとそう でしょう。

その方はその「渇愛」を滅する事が、次の「滅」であるとおっしゃってます。 古来よりたくさんの修行達がそも考え方を言葉通りに受け取り、厳しい禁欲生活や苦行を行ってきました。しかし考えてみて下さい。その「渇愛」や利己主義的な部分を人間から取り除いてしまうと人は一日たりと生きていけるはずがありません。食べ物を食べているだけでそれは究極の利己主義に他ならず、自分の命を繋ぐために他の生命を奪う事が「渇愛」以外のなにものでありましょうか。

お釈迦さまが本当にそんなことをおっしゃったのか? 否。 お釈迦さまは「自分を律するために戒律ある暮らしを送ることは善いおこないであるが、極端な修行や苦行は、道を見誤り、苦しみを増大させる無意味な行為である。」とお説きになっておられます。

ならば、この「滅」の深意とはどこにあるのでしょうか?

それがとても重要なことだと私は思います。

みなさんはこの答えを、もうよくご存じだろうと思いますが、かいつまんでお話しますと、本能にしても渇愛にしても本来善でも悪でも無く、人間に自然に授けられたものです。ですからこれはありがたく受け止め、そしてこれを放置して感情に飲み込まれるのではなく、自らを能くコントロールする事ではないでしょうか?

ではそれをどうやってコントロールするのか?・・・と言うのが最後の「道」ですが、これはまた、「苦」を「集」と「滅」によって抜け出した者が、再びその道に入らないために歩く正しい道のことでもあります。

一般的な仏教の解釈では八正道がこれにあたるでしょう。(余談ではありますが、その八正道も先ず四諦がなければ無意味なことになってしまう事をお心に留めておいて下さい。)

八正道

  正見     正しくものごとを見る
  正思惟    正しくものごとを考える
  正語     正しい言葉を使う
  正業     正しい行いをする
  正命     正しい生活をする
  正精進    正しい努力をする
  正念     正しい注意力を働かせる
  正定     正しい信念を持つ

ここからは私の私説となってしまいますが、ここで私が考える四諦とは、人生には苦しみが満ちあふれている。しかし人生とはけっして苦しむためにあるものではなく(逆に楽しみばかりが用意されているわけでもありませんが・・・)限られた時間を有効に使い、充実したものにするためにあり、同じように他のものもその権利を持っている。まず世の中の大半の苦しみや悩みは、自分の幸せのために他の幸せを侵害することからはじまるのであり、これを知っていればここから抜け出す道は自ずと見えてくるはずである。

そしてもう一つの苦しみは、自分が人間であるが故に、定められた時間、定められた環境、定められた能力、しか与えられていない事を忘れてしまっているが故に発こるものであり、これもまたちゃんと自覚して生きる努力をしていれば、ここから抜け出す道は自ずと見えてくるはずである。
そして究極の目標は、そうやって見えたその道を、ちゃんと歩いて、終わりの時振り返ってみると「デコボコだらけの自分の道がとても楽しい時間だった」と納得できるように生きると言うことだと思います。

四諦について、紙面を大分使ってしまいましたが、そろそろ本題に戻ります。般若心経ではこの四諦も、またそれに至るための智慧だとかそれを得ただとか言う概念すら「空」の中には無いと言い切ってます。

この「無い」と言うことは、もう皆さんお分かりでしょうが、「空と言う概念の中では、これら人間として、本当の意味での正しい考え方、価値観ですら必要はない。」と言うことになります。

なぜか?

ここで一つのたとえ話を致しましょう。

今、あなたの目の前に誰かが作った料理がならんでいます。
当然、あなたのために作られたものです。
しかし残念ながら、どの料理もあなたの大嫌いなものばかりです。
この状況を「娑婆世界の人間的価値観」また先ほどの「四諦」そして「空」のの三種類に当てはめて考えてみましょう。

まず「娑婆世界の人間的価値観」で見てみますと、あなたはその料理を何とか食べないで済む方法を考えます。人によってその程度はありますが、考えて、考えて、考え抜いた末その方法が見つからなかった時、あなたが諦めて泣く泣くその料理を食べるか、お膳をひっくり返して開き直るか(まさか・・・と思うでしょうが、世の中には結構このタイプの人も多いのです)しかないでしょう。

では次に「四諦」を当てはめて考えてみましょう。 あなたはその料理を食べたくない。しかし自分のために作られた料理、食べなければ申し訳ない。またこの料理にして元を正せばそれぞれに命だったはず、縁あって自分の血肉となるためここに出てきたのであって、その命を無駄にするわけにはいかない。と、まったく正しい考えの末「自分は何故この料理が嫌いなのか?」「何故食べたくないのか」と検証し、自分の心の中にあるその原因を突き止めて、何とかそれを喜んで食べられるように努力します。

では「空」では・・・? 前の二者のように考える事はありません。ごくごく自然に、当たり前にその料理を食べます。自分のために用意された料理を自分が食べる。「空」の概念の前にはそんなとてもシンプルなものしか存在しないのです。 とても乱暴なたとえ話ではありますが、あながち間違いではないので、これをいろいろなことに当てはめて考えてみて下さい。

そしてこの文節の終わりには、「これまでに述べてきた人間社会の考え方や価値観、また正しい道でさえ、本来の意味、真理の眼で見た時には本当の価値なんて大したものではありえない。本当の安らぎとはそれらの価値観から解放されたところにあり、ものごとはすべて『あるがまま』なのである。それで完全なのである。世の人々が全ての苦しみや憂いから解放されるにはこの道しかあり得ないことを知りなさい。」と諦めくくられています。

 

次回へ続く…

 

 

 

 

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